はじめに
僕の戸籍上の本名は大来悠亮(おおらい・ゆうすけ)だ。それは珍しい苗字につられて婿入りしたからで、旧姓は西田だった。配偶者の姓になった人ならご理解いただけると思うが、姓が変わったからといって全てのシーンで新しい姓を名乗るわけでは無い。特に仕事上では、馴染みのある旧姓でやりとりすることも少なくない。なので僕は「西田悠亮」としても生きている。
2023年11月25日。「西田悠亮」という男の逮捕報道があった。少女にわいせつ目的で面会を試みた「面会要求罪」という罪らしい。僕はこれを「同姓同名という立場」として、報道後に何が起こり、どのような影響が出たのか、時系列にまとめてみようと思う。
1:突然きたLINE
休日だった。昨晩遅くまで週末の作業をしてたこともあり、昼過ぎにのそのそと起床して、いつも通りの呑気な休日を迎えるつもりで携帯を覗くと、大学の先輩からLINEが来ていることに気づいた。久しぶりのLINEだ。年末年始のお誘いだろうか?LINEを開くと画像が添付してあって、なにやら犯罪報道のキャプチャーらしかった。
2:犯罪者「西田悠亮」
キャプチャを見て、心臓がバクバクと動き出すのを感じた。僕が逮捕されていたからだ。正確には同姓同名の男「西田悠亮」がやらかしていた訳だが、一瞬理解できずに、なぜか「終わった」と思った。いやいや、僕じゃない。大丈夫だ。ただこのことを誰かに聞かれたり、「前科があるのかしら」と疑われた時に、説明する必要があるかもしれない。事件のことを知っておこう。そう思って恐る恐る「西田悠亮」をネット検索にかけてみた。
3:一夜にして毒されたSEO
「西田悠亮」を検索して、視界が揺らぐのを感じた。犯罪報道のニュースサイトやまとめサイトが検索上位に並んでいたからだ。そしてそれらの間に僕のSNSアカウトへのリンクがあった。どう見ても「犯罪者のSNSアカウントはこちら」という図になっている。前述の通り、婿入りしても全ての場面で新しい姓を名乗る訳ではない。特に昔から仕事の繋がりがある友人知人に向けたSNSは、混乱をさけるため旧姓のまま運用していた。これが裏目に出た。SNSのアナリティクスを見ると、ビュー数が伸びているようだった。おそらく犯罪者「西田悠亮」を捜しにきた人たちだろう。「これが逮捕されるタイプの人の投稿か」という目で僕のSNSが見られたのかと思うのと、恐ろしくなった。そして「いや他人かい」と落胆させたであろうことも想像して、なんだか傷ついた。どうやら犯罪者「西田悠亮」は実名でSNSをやっていないらしかった。
4:クライアントワークへの影響の不安
僕のようにクライアントワークで生計を立てる人間にとって、個人名で検索された時に何が表示されるかは非常に重要だ。その人が過去に何をやっていたか、炎上などしていないか、これらは仕事量に直結する。そういう意味で、僕のSEOは終わったと言える。知らない人からみたら「犯罪者 兼 デザイナー」という検索結果が出来上がってしまった。そしてそれは、自分ではもうどうすることもできない。個人の投稿が、ニュースサイトの記事ページよりも上位に表示されることは、Googleのアルゴリズム上、起こり得ないだろう。僕は何もしてないのに、一方的にデジタルタトゥーを刻まれたのだ。考えたこともなかったが、貰い事故的デジタルタトゥーってあるんだな、と思った。同じようにしてネット上での活動を制限された人が、これまでもいたのだろうか。
5:もはや変えられない過去記事の名前
でもまぁ、SNSの名前とかは変えればいいよね。と思った。これを機に、婿入りして手に入れた「大来」姓で全部やり直そう。仕事も全部、そうしよう。それで万事OKだろう。と思った。しかし「西田悠亮」の検索結果を眺めていると、そこに出るのは僕のSNSアカウントだけではないことに気づいた。
デザイナーとして10年以上活動してきたことで、さまざまな企業の事例サイトや、受賞履歴、インタビュー記事に僕の名前が残っているようだった。そうか、過去の目立った活動、全てにケチがつくのか、とそこで段々と笑えなくなってきた。わざわざ連絡するのも大袈裟な気がするし、ネット上のどこに名前が載っているかなんて、もはやその全てを把握することは難しい。それら全てを修正することは不可能のように思えた。そういう昔の記事が、犯罪者「西田悠亮」を検索した時に出てしまうことの影響が、想像できなくて恐ろしくなった。おそらくは、何も起きないだろう。でもひょんなことからクライアントにクレームが入ったり、一緒に仕事をしてきた人達に迷惑がかかったら嫌だなと思った。
結論:「ただちに影響はない」が、将来に一抹の不安が残る
僕の場合、婿入りしていたからまだラッキーだった。SEOが毒されても、あたらしい苗字でやり直せばいい。これで婿入りしていなかったら、打つ手はなかったのだろうか?多分、仕事用にわざわざ芸名のようなものをつけて、セルフブランディングをやり直していくことになると思う。それくらい、ネット検索でなにが出るかは重要だ。仮に本名を広めるためにそれなりの投資してきた人が同じ目に遭えば、かなりの打撃だったろうなと思う。やり直すのにも気力と覚悟が必要だが、それは仕方ないと諦めるしかない。
これまでやってきたことに対する影響は、もう目をつぶって祈るしかない。もしかしたら何か良く無いことが起こるかもしれないし、起こらないかもしれない。「ただちに影響はない」が、「シュレティンガーの猫」のように、起こるかもしれない不幸が未来に置かれた気がして、気が重くなった。
どうやら、報道を見た瞬間のドキドキから起こる一連の心労と、SEOの死。セルフブランディングのやり直しと、今後の不確実な不利益に対する恐怖。それらが犯罪者と同姓同名になった人に起こる、些細な事件のようだ。犯罪者と名前が被ることは、起きなければ起きないほどいいと思った。
最後に:仇になった「悠亮」(ゆうすけ)
「にしだ・ゆうすけ」という名前は特段珍しい名前ではないように思う。「にしだ」も「ゆうすけ」もよくある名前だ。しかし、「悠亮」と書いて「ゆうすけ」と読む人にはなかなか出会ったことがない。初対面の人にはまず間違いなく読み方を聞かれるし、人に名前の漢字を説明するのが毎回手間だ。おかげで、犯罪者と同姓同名になってしまったことが際立ってしまった。そういえば、昔名付け親の父が誇らしげにしてたことを思い出す。「この組み合わせはなかなか無いだろう」「姓名判断も大大吉なんだぞ」と。だから僕が「大来」姓になる時には、がっかりしてたみたいだった。お父さん、西田悠亮は捕まりましたよ。姓名判断はあてにならないな、と思った。
2023年11月26日
追伸: まさかの離婚をしたので完全に西田悠亮と同姓同名に戻りました。負けない!